福井の司法書士 永田司法書士事務所 相続・遺言・不動産登記・商業登記

資料室

本人確認・意思確認

平成25年3月6日午後2時50分~4時30分

○○会業務研修会

「本人確認と意思確認」

                         司法書士 永田廣次
                    
問題

「宅地建物取引業の佐藤さんは、昔から付き合いのある田中一郎さんから、次のような依頼を受けました。
 福井市順化2丁目の土地を仲介人として売却してほしい。
この土地は、亡父田中正さんと母田中春代さん及び田中一郎さんの3人共有ですが、亡父田中正は3年前に死亡しました。しかし、未だ相続登記はできていません。母田中春代さんは、5年ほど前までこの土地の上に住宅を建てて住んでいましたが、現在建物も解体し、施設に入居しています。田中一郎さんが施設に行っても、母田中春代さんは、長男の田中一郎さんが来たことはどうにかわかりますが、自分の歳も言えません。また、3人共有の権利証は見当たりませんし、買主の予定である鈴木二郎さんは、仕事が忙しく決済に出れないようです。どのような手続きを踏んだらいいでしょうか?」


第1 成年後見制度

この問題はまず成年後見制度の理解が必要です。
福井県内には約4万人の成年後見対象者がおられます。
平成12年以降1700件の申立てがあった。

Q1 「亡田中正さんの相続登記が終了していません。相続人である母田中春代さんは、判断能力がないようです。どのように相続登記を行ったらよいでしょうか?」

1 意思能力のない法律行為は無効である。本件では遺言書がないとして、通常の遺産分割協議を行うとする。
  亡田中正さんの法定相続人は、春代さんと正さんです。相続人である母田中春代さんが遺産分割協議に関わるには、成年後見制度を利用しなければならない。


2 成年後見制度の種類

法定後見制度
  成年後見類型
  保佐類型
  補助類型
任意後見制度


3 申立等

4親等以内の親族に申立権がある。申立は本人の同意不用。

医師の診断書を添付
家庭裁判所は、本人の能力につき原則鑑定する

成年後見人には候補者が選任されることが多い
     
審判は、家族間に問題なければ早いと約1ヶ月で行われる。
家族間で争いがあると第3者後見(弁護士・司法書士・社会福祉士等)となる。
成年後見人等に選任されると登記される。
登記事項証明書は、審判が確定するのに2週間、その後裁判所の嘱託登記が行われさらに約2週間要します。

成年後見人に選任されると、本人の財産処分権限が与えられる
 成年後見人等が本人の財産を処分してもそのお金は本人のお金です。
  本人のお金を後見人が自分のために使えば横領
本人が亡くなれば、相続問題
司法書士による後見人の申立て費用は通常10万円ぐらいであろう。
  但し、鑑定費用は別途6万ほどかかる。

  被後見人田中春代さんに後見人田中一郎(長男)さんが選任されました。


4 遺産分割協議と特別代理人
  母田中春代さんの後見人に、第3者の例えば司法書士が選任されれば問題ない。司法書士と、田中一郎さんが遺産分割協議すれば足りる。
  しかし、通常、親族・長男である田中一郎さんが母田中春代さんの後見人に選任される。そうすると、遺産分割協議において、田中一郎さんは自分の相続人としての立場と母田中春代さんの成年後見人としての立場とで利害が反することになり、いわゆる特別利害関係人として遺産分割協議に関われない。その場合家庭裁判所に、遺産分割協議のための田中春代さんの特別代理人を選任する手続きが必要となる。
  特別代理人は、利害のない親族でもよく、通常候補者を特別代理人選任申立書に記載する。
  但し、事前に候補者の承諾を得ておく必要がある。
  特別代理人選任申立書には、遺産分割協議の案を添付する。その中味において被後見人である田中春代さんの持分をゼロにするのは難しい。相続分に見合う代わりの預金を与えるつまり代償分割協議をすることが必要である。

  司法書士による特別代理人選任申立ては、通常3万円ほどである。

  遺産分割協議が整い、相続登記が完了し、亡父田中正持分は、田中一郎さんが相続取得しました。


  5 居住用不動産売却と家庭裁判所の許可
 民法859条の3は「成年後見人は、被後見人に代わって、その居住用に供する建物又はその敷地について、売却、賃貸、賃貸借の解除又は抵当権の設定その他これらに準ずる処分をするには家庭裁判所の許可を得なければならない。」と定めている。
 これは本人の身上監護に影響するから許可とした。
この許可を得ないでした後見人の処分行為は無効となる。

居住用不動産とは、
① 本人が生活の本拠として現に居住している建物またはその敷地
② 現在本人は居住していないが、過去に本人が生活の本拠とした実態 のある建物またはその敷地
③ 将来本人の居住用として利用する予定のある建物・敷地
 そして、本人の居住の有無は、本人の生活の実態を考慮(事実上長く居住していた)を考慮に入れ実体的に判断する。
本人が施設に入居し、住民票を移転していても、その建物・土地に住みたい意思や願望を持っていれば居住用に該当する。

   手続きには、約2週間を要する。

居住用不動産売却許可の審判が得られました。

  6 本人確認情報
  本件では、3人名義の権利証がない。権利証のない事例は、共有名義、家庭内不和の場合が多い。
  亡田中正名義は今回の相続登記により、田中一郎への田中正持分全部移転登記完了による登記識別情報がある。
    
田中春代持分と田中一郎持分につき、司法書士が本人確認情報を作成する。その中味は、なぜ権利証がないのか、この不動産取得時の経過、現在の様子等、取得時の売買契約書や固定資産評価証明書、運転免許証等本人確認のための書面等を基に本人に面談して作成する。

その際、写真付きでない公的証明書は、2通必要です。
    
  時間と費用がかかります。


第2 本人確認と意思確認

  ようやく決済の準備が整いました。
  
1 定義(司法書士用)

  本人確認とは、司法書士が、業務を行なうに際して、依頼者及びその代理人等の公的証明等により本人特定事項を確認して本人の実在性と書類との同一性の確認をすること並びに依頼者が依頼された事務の適格な当事者であることの確認をすることをいいます。
  仮名取引やなりすまし取引の防止に資する

  意思確認とは、依頼内容意思の確認と司法書士への委任意思を確認することをいいます。意思能力・事実聴取・手続き選択・手続き依頼の意思を確認します。(犯罪収益移転防止法にはない)

本人確認、意思確認により、紛争予防(法律的有効性の確保)と委任契約が成立する。

本件では買主の鈴木二郎さんが仕事が忙しく、決済に出て来れない。
  代わりに、鈴木二郎さんの妻が決済に来るという。司法書士はどうするか。


Q1 「宅地取引決済に際して、本人確認・意思確認は売主とともに買主についても必要ですか? その際、何を持参していただけばいいでしょうか?」

買主についても、本人確認・意思確認が必要です。
住民票、認印の他本人確認書類が必要です。
本人確認書類としては、有効期限内の公的証明書、例えば、運転免許証、住民基本台帳カード、パスポート等の提示を求められています。平成25年4月1日から犯罪収益移転防止法の改正により、運転経歴証明書、在留カードや特別永住者証明書も規定されました。
その際、免許証のコピーをいただきます。本来原本の提示でよいのです が、運転免許証の内容を記録するには時間がかかり又誤りが生ずるので、免許証のコピーをいただきます。ご協力ください。

決済当日仕事が忙しいため出頭できない場合は、事前に司法書士が本人 確認・意思確認することでもよいです。


Q2 「妻が、依頼者である夫所有の宅地売買決済に出頭しました。決済できるでしょうか?」

  できる場合と出来ない場合があります。

  本人確認は、夫と妻に必要です。
夫の本人確認をどのようにするかですが、一般的には、事前に司法書 士が夫と面談し免許証原本の提示とそのコピーをいただいておくのが通常の方法です。
又、例外として、夫については、あらかじめ夫の免許証のコピーをい  ただき、その住所へ転送不要扱いの書留郵便により委任状を送付しておき、この委任状(実印押捺)と印鑑証明書を決済当日妻から収得する方法もあります。
この例外の場合、免許証の住所が実際居住しているところと異なれば、 郵便配達されませんから決済できません。

 意思確認は、妻又は夫と妻。依頼者である夫の意思を疑うに足りる事情があるときは夫の意思確認をしなければならない。
  

司法書士としての職責上から言えば、依頼の内容及び意思確認も必要 であり、妻が夫の代理人として日常家事債務でない不動産取引について登記手続きを代行することは特別授権が必要です。司法書士は、夫から妻への特別授権を認定できないので、夫と面談し夫の意思確認をすることが原則です。最低限夫に電話をかけ意思を確認することが必要です。そして、妻が夫のために取引の任にあたっていると認めた理由を記録しなければなりません。

これらができないときは、決済できません。


Q3 「売主さんは、高齢のため免許証を持っていません。何を決済の場に持参すればよいでしょうか?」

    権利証、印鑑証明書、実印、本人確認書類
本人確認書類としては、写真付の公的証明書が理想です。パスポートが あればよいですが、なければ住民基本台帳カードを市町の窓口であらためてつくられるのもいいです。
写真付以外のものでは、官公庁の発行する公的証明書、例えば国民後期高齢者医療保険証、介護保険証、国民年金手帳等を持参してください。但し、いずれか2点以上を持参していただくとありがたいです。

 

第3 必要書類

本件において、関係者は何を用意すればよいのでしょうか?

 1 成年後見申立

  ① 申立人の戸籍謄本
    申立て人の運転免許証

② 本人の戸籍謄本
    本人の住民票or戸籍の附票
    本人の登記事項証明書(登記されていないことの証明書)
    診断書と診断書の附票
    (愛護手帳(判定1・2)療育手帳(判定A)の交付があればそのコピーの提出で足りる。)
    不動産全部事項証明書
    預貯金通帳のコピー(証書・保険証書)
    負債資料のコピー
    本人の収支についての資料

  ③ 成年後見人候補者の本籍記載ある住民票or戸籍の附票
    成年後見候補者の身分証明書
      

 2 特別代理人申立

   申立人(後見人)の戸籍謄本(提出済みの戸籍謄本と変更なければ不要)
   被後見人の戸籍謄本(提出済みの戸籍謄本と変更なければ不要)
   特別代理人候補者戸籍謄本
   特別代理人候補者住民票
   (特別代理人候補者の承諾書・後見登記がないことの証明・身分証明書)
   被相続人の除籍謄本
   遺産分割協議案
   不動産登記事項証明書


 3 相続登記

   遺産分割協議書
   後見人登記事項証明書
   特別代理人選任審判書
   被相続人の15歳ぐらいからの除籍謄本
   各相続人の戸籍抄本
   各相続人の本籍記載ある住民票
   各相続人の印鑑証明書
   相続登記申請人の運転免許証


 4 居住用不動産処分許可申立
   
   申立人(後見人)の住民票(本籍記載)(提出済みの書面と変更なければ不要)
   本人の住民票(本籍記載)(提出済みの書面と変更なければ不要)
   処分する不動産の登記事項証明書
   売買契約書
   路線価図
   評価証明書
固定資産税・都市計画税 納税通知書
   
 
 5 売買移転登記(決済) 

① 売主田中一郎の必要書面
   田中一郎名義の相続による登記識別情報
   田中一郎の本人確認情報
(田中一郎の運転免許証(有効期限内)、本物件の課税証明書、本物件の売買契約書)
   田中一郎の印鑑証明書(発行後3ケ月以内)
   田中一郎の実印

  ② 売主田中春代の必要書類
田中春代の本人確認情報(田中一郎の運転免許証、課税証明書、従前売買契約書等)
   田中春代の成年後見登記事項証明書
   田中一郎の成年後見登記事項証明書
   田中一郎の運転免許証
   田中一郎の印鑑証明書
   居住用不動産売却許可書

  ③ その他(売主)
田中春代の住所移転があれば、前住所記載のある住民票
   
   売買契約書と領収書
   登記原因証明書や委任状は司法委書士が持参する。

  ④ 買主の必要書面
   鈴木二郎の住民票
   鈴木二郎の運転免許証
   鈴木二郎の妻の運転免許証
   鈴木二郎の認め印

「相続させる」旨の遺言と不動産登記

「相続させる」旨の遺言と相続登記
                         司法書士 永田廣次

「相続させる」旨の遺言の効力

問題
1-1 Aは、長男甲に全てを相続させるとの遺言を行った。
ところが、A死亡後、長男甲と次男乙及び三男丙は、甲乙それぞれ2分の1づつ相続するとの遺産分割協議書を合意した。
どのように登記するか。


論点1
「共同相続人に『相続させる』との遺言をどのように解釈するべきか?」

最高裁平成3年4月19日判決
遺贈ではない。遺産分割方法の指定であり、遺産分割協議または審判を経る余地はない。
直ちに、相続人甲の所有になる。
そうすると、単独申請で甲への相続登記ができる。


論点2「添付書面は何か?」

遺言書
相続人甲の現在の戸籍と本籍記載のある住民票
被相続人Aの死亡記載のある除籍謄本
で足りる。
他の相続人の戸籍等不要


論点3
「しかし、遺産中の特定の財産ではなく、相続財産の『全部』を特定の共同相続人に『相続させる』との遺言をどのように解釈するべきか?」

最高裁平成8年11月26日判決
特定財産の「相続させる」旨の集合体であるとの判断。
この場合も、直ちに相続人甲の所有になる。


論点4
「遺言の内容と異なる遺産分割協議ができるか?」

遺産分割協議を遺言で取得した取得分を相続人間で贈与ないし交換的に譲渡したものと解する(東京地裁平成13年6月28日判決)と、できる。


論点5
「遺産分割協議ができるとするならば、遺言による権利移転を中間省略登記できるか?」

できない。
権利変動の実体関係を登記に忠実に反映させるべきである。
①即時権利移転効でまず遺言書による甲への移転登記をし、
そして、②共同申請で持分を移転する。


論点6
「上記論点5の②持分移転の登記原因証明情報証書にはどのように記載するべきか?」

所有権一部移転
年月日遺産分割でよいか


論点7
「しかし、いきなり遺言の内容と異なる遺産分割協議に基づく登記がなされたら、その登記の効力はどうなるか?」

判例(S35.4.21最判)の考え方では、登記が現在の状態に合致していれば中間省略登記も有効である。
原則は中間省略登記を認めないが(中間省略登記の抹消登記を求める正当な理由を欠くから)、登記をしてしまった場合は有効である。
ただし、不動産登記法の原理原則からすると疑問の残る判例である。


論点8
「遺言執行者がこの登記を抹消請求できるか?」

東京地裁平成13年6月28日判決
抹消できない
現在の権利関係に合致するからである。


論点9
しかし、「司法書士が、Aの長男甲に全てを相続させるとの遺言を知らず、遺産分割協議書を持参され登記申請依頼を受けたらどのような態度をとればいいのだろうか?」

遺産分割協議書の内容である甲乙共有の相続登記をいきなりしても職責に反しないだろう。知らないものはどうしようもない。
登記実務は、かように行っている。



問題
1-2 Aは、長男甲に全てを相続させるとの遺言を行った。
甲は、甲単独の相続登記を行った。
ところが、A死亡後、長男甲と次男乙及び三男丙は、乙丙それぞれ2分の1ずつ相続するとの遺産分割調停が成立した。
乙が調停調書を持参し乙丙2分の1ずつの共有登記依頼を受けた司法書士は登記できるか。


答え
全てを相続させるという遺言がある以上、即時権利移転効により所有権は甲に移転する。
しかし、遺言による相続登記後遺産分割協議ができるなら遺産分割調停もできてしかるべきである。
裁判実務は遺産分割調停を認める。
登記申請できる。
但し、乙からの依頼であるので、丙の持分に対し登記識別情報は提供されない。



問題
1-3 Aは、長男甲に全てを相続させるとの遺言を行った。
次男乙は、A死亡後、遺言が発見される前に長男甲と次男乙及び三男丙それぞれ3分の1ずつ相続する法定相続を行った。
そして、甲乙丙は、甲乙がそれぞれ2分の1ずつ相続するとの遺産分割調停を成立させた。
甲が調停調書を持参し甲乙2分の1づつの共有登記依頼を受けた司法書士は登記できるか。


答え
法定相続を行うことは、保存行為として認められている。
その後遺産分割協議が行われた場合は、すでになされている共同相続登記を抹消しないで持分取得者を登記権利者、持分喪失者を登記義務者とする共同申請により持分移転登記をすることになる。
また、錯誤による更正登記をなすべきとの意見もある(東京三多摩実務協議会)。
但し、単独申請により登記申請するためには、調停調書に登記義務者の登記申請に関する意思表示の記載が必要である(丙の甲乙に対する申請意思の擬制)。





遺言の解釈

身分の変動があった場合の遺言の解釈

問題
2-1 Aは、妻甲に全てを相続させるとの遺言を行った。
その後、妻甲と離婚した。遺言の撤回はない。
この遺言を全く無視して相続登記すればいいか。


答え
遺言を無視して元妻以外の相続人が相続登記を行えばよい。
元妻は、相続人でない。
戸籍等を添付して相続登記を行えばいい。


論点1
「登記原因証明情報を作成し、遺言があったこと等は記載しなくていいか?」

撤回されたとみなされるから必要ない。

離婚や離縁の場合は、前の遺言と両立できない後の行為とみなされ、前の遺言に抵触する。したがって、前の遺言の撤回があったものとして、元妻に対する遺贈の登記は受理されない。
妻に「相続させる」とある遺言を元妻に「遺贈する」と解釈するというのでは意味が違う(別れた妻にやるというのは一般的に考えにくい)。

昭和56年11月13日最高裁判決
離縁が抵触行為になるとした判例
※民法条文
1023条1項 前の遺言が後の遺言と抵触するときは、その抵触する部分については、後の遺言で前の遺言を撤回したものとみなす
1023条2項は、遺言と遺言後の生前処分その他の法律行為とが抵触する場合に準用する
1023条2項は、「遺言撤回の便法」を規定している
1023条の法意は、遺言者がした生前処分に表示された遺言者の最終意思を重んずることにあり、同条2項にいう「抵触」とは、単に後の生前処分を実現しようとするときには前の遺言の執行が客観的に不能となる場合のみならず、諸般の事情により観察して後の生前処分が前の遺言と料率せしめない趣旨のもとになされたことが明らかである場合を包含する。



問題
2-2 上記遺言に基づき遺贈の登記ができるか。職責上問題がないか。


答え
上記2-1で検討したように遺贈の登記はできない。



問題
2-3 Aは、長男甲に全てを相続させるとの遺言を行った。
長男は、Aの事業を手伝っていたが、Aと大ゲンカし家を出ていてしまった。遺言の撤回はない。
長男に相続させない理論はあるか。


答え
わからない。
民法1023条2項は、「遺言撤回の便法」を規定している。
しかし、この問題は、遺言の解釈問題であり、遺言者の真意の内実がどのようなものかという問題である。そして、遺言者が現実に何を欲したかと遺言者が事情の変更を遺言完成時に認識していればどのような意思であったかを補充解釈する問題が包含される。しかし、この解釈問題は困難を極める。
本来、上記のようなケースでは、生前に遺言書の撤回か相続人の廃除をすべきである。ただし、遺言者が痴呆で判断能力がなくなると更に困難である。後見人が就任しても、後見人は遺言の撤回はできないし、廃除も実際困難だろう。

今日遺言が活用されてきたが、遺言書の条項の解釈をめぐって相続人や受遺者の間にしばしば深刻な対立が生ずる。




「遺留分減殺と登記」

問題
3-1 Aは、長男甲に財産全てを相続させるとの遺言を行った。
A死亡後、次男乙は、遺留分減殺請求を行使した。
Aの相続人は、甲と乙のみである。
Aの相続財産は、積極財産として4億3千万円の不動産、消極財産として4億2千万円の債務を有していた。
甲は、相続登記ができるか。


答え
一応できる。
 ①即時権利移転効の考え方より(H3.4.19最高裁判決)
(「相続させる」との遺言の効力は1で検討した)
 甲は、単独で甲への相続登記ができる。
  添付書面「遺言書」「相続人の現在の戸籍と本籍記載のある住民票」
「被相続人の死亡記載のある除籍謄本」で足りる。
※他の相続人の戸籍等不要
そして   
②「請求年月日遺留分減殺」を原因として持分移転登記をする(共同申請)
  
但し、③甲が相続登記をする前に遺留分減殺請求があり、乙の遺留分侵害額が確定していれば、登記実務上直接甲乙共有の登記ができる。


論点1
「遺留分に違反する遺言は有効か?」
有効
※遺留分を主張しない限り遺言は有効
※遺留分に違反する遺言は無効ではなく減殺請求に服するにすぎない
(S35.7.19最判)。


論点2
「減殺請求権性質は何か?」

形成権
減殺請求の意思表示だけで効力が生じる(S41.7.14最判)。
遺留分の侵害となる遺贈は効力を失い、目的物に関する権利は当然に遺留分請求権利者に帰属する。遺贈された目的物の一部に減殺された場合には、遺留分権利者と受贈者との間に共有関係が生ずる。


論点3
「遺留分減殺があり、相続登記がされていない場合に遺留分減殺を踏まえた相続登記ができるか?」
直接遺留分権利者のために相続による所有権移転登記ができる(S30.5.23民甲973号民事局長回答)。


論点4
「論点3の場合の登記原因証明情報はどのようなものか?」

遺言書
相続人の現在の戸籍と本籍記載のある住民票
被相続人の死亡記載のある除籍謄本
減殺請求した相続人と被相続人との相続関係を証する戸籍謄本
遺留分減殺請求の意思表示をしたこと(日付・当事者等)がわかる書類
※他の相続人の戸籍等不要
※相続と同様として農地でも許可書不要



問題
3-2 甲の相続登記ができるとして、乙の遺留分減殺請求に対し、甲乙は、どのような遺留分侵害算定を行い、どのような登記を行うべきか。

(遺留分の算定と相続債務)
平成21年3月24日最高裁判決


論点1
「乙は法律上どれくらいの割合の減殺請求ができるか?」
総遺産×法定相続分の2分の1×遺留分の割合2分の1=4分の1

民法条文
1028条1項 兄弟姉妹以外の相続人は、遺留分として、次の各号に掲げる区分に応じてそれぞれ当該各号に定める割合に相当する額を受ける。
1028条1項1号 直系尊属のみが相続人である場合 被相続人の財産の3分の1
1028条1項2号 前項に掲げる場合以外の場合 被相続人の財産の2分の1


論点2
「遺留分の算定にあたって相続債務をどう評価すればいいか?」

遺留分の侵害額は、遺留分権利者の法定相続分に応じた相続債務の額を遺産の額に加算できない。

遺言によって長男に「財産全部を相続させる」とされていた場合
特段の事情ない限り、甲に全部の債務を相続させる旨の意思表示があったものとみなす(相続人間では、当該相続人が遺言書で指定された相続分の割合(このケースでは100%)に応じて相続債務をすべて承継する)。


論点3
「相続債務は、法定相続分に従って負担するとの最高裁判決が遺留分算定に影響するか?」
「相続債務は相続人間の問題として、『遺言の財産(債務)全部を相続させる』との遺言の内容を算定に影響させるか?」

平成8年11月26日最高裁判決は、対債権者に対する相続債務の相続人負担割合を判断したもので相続債務については法定相続分に従って負担する。
各相続人は債権者から履行求められたら応じる必要がある。

平成21年3月24日最高裁判決は、相続債務をどう評価するかを判断したもので、相続債権者の関与ないから債権者にその効力は及ばない。


論点4
「債権者が乙に法定持分の相続債務を請求し支払った場合の法律関係はどうなるか?」

遺留分の算定は相続人間における問題だが、相続債務は第三者である債権者との関係にあるので、債権者から請求があった時点で、請求の内容等を斟酌してその時点で清算すべき性質のものである。

乙は、承継した相続人甲に対して履行した相続債務の額を求償し得る。


論点5
「甲単独の相続登記してその後遺留分減殺の結果の登記をなすべきか?」

3-1① → ② で2回に分けて登記するべきである。
若しくは
登記実務が認めている3-1③で直接単独申請登記する。


論点6
「いきなり、遺留分減殺の結果の登記を申請するとなると、登記原因証明情報にはどのように記載するべきか?」

遺留分減殺請求日を原因日
共同申請
所有権一部移転(侵害額に相当する持分) 4億3000万分の250


論点7
「そもそも問題の案件の相談を受けた司法書士は、いきなり遺留分減殺請求を踏まえた相続登記を行って司法書士法上問題はないのか?」

登記実務が認めているので問題ないであろう。
ただし、原則は 3-1① → ② の手続きがあることを説明した方がよい
そして、②の遺留分減殺請求を踏まえた登記する場合は 共同申請となるので注意が必要。

司法書士職務上請求書使用の可否

司法書士は、戸籍の証明書や住民票の写しを職務上請求できる。
しかし、何でも職務請求できるのでなく、依頼を受けた事件や事務が
1 司法書士の業務範囲内であること
2 業務範囲内の場合委任を受けられる事務であること
3 簡裁訴訟代理等業務関係の場合、事件に紛争性があり代理人として立証活動に必要か
等の吟味が必要である。

私なりに、職務請求できるか否か場合分けを行ってみた。
今後変化があれば、訂正します。



司 法 書 士 職 務 上 請 求 書 使 用 の 可 否 事 例

№ 事 例(1号様式) 可否 備 考

1 親から、子の戸籍等の取得を依頼された。
× 法3条業務に該当しない(ただし、委任状で取得可)

2 兄弟姉妹の戸籍等の取得を依頼された。
× 法3条業務に該当しない(戸籍法10条2に該当すれば、委任状で取得可)

3 推定相続人から、相続が発生していないが、法定推定相続人の調査を依頼された。
× 司法書士業務発生していない
たとえ委任状あっても×

4 相続人から、相続関係説明図作成のため、相続人調査を依頼された。
× 相続未発生
◯ 相続発生後で、相続登記依頼・委任状あり

5 相続人から、遺産分割協議を行うために、被相続人の相続関係の調査を依頼された。
× 相続登記を受けていないから
◯ 遺産分割調停申立

6 相続人から、相続登記を依頼されたが、未だ遺産分割協議は成立していない。相続人がほとんどの戸籍等を持参したが、遠方の足りない戸籍等の取得を依頼された。
△ 協議は成立していなくとも、何らかの相続登記はする(協議が整わなければ調停申立するという前提)

7 相続人から、相続登記を依頼され、遺産分割協議は成立している。相続人がほとんどの戸籍等を持参したが、遠方の足りない戸籍等の取得を依頼された。


8 相続登記を依頼され、持参された戸籍等を調査したところ、婚外子がいる可能性が判明し、相続人から、その戸籍等の取得を依頼された。



9 不動産登記申請の添付書面である住民票の取得を不動産仲介業者から依頼された。
× 本人から登記申請依頼されていない
◯ 本人からの登記申請依頼・委任状あれば可

10 名変登記申請の添付書面である戸籍の附票の取得を本人から依頼された。
◯ 本人からの登記申請依頼あれば可(登記必要書類だから、取得の委任状なくていい)・委任状あれば可

11 農地法5条許可を条件とした仮登記があったが、所有者が死亡した。5条許可はまだない。本登記をするため仮登記名義人から相続人調査を依頼された。
× 仮登記
◯ 裁判なら可

12 除籍謄本の取得を、請求の理由を明らかにせずに依頼された。
× 何らかの司法書士業務依頼を受けないと不可

13 公正証書遺言に基づき、父(遺言者)から子への相続による所有権移転登記にあたって、子から、父の直前の除籍謄本の他、父の出生からの除籍謄本の取得を依頼された。
× 出生からの除籍謄本(他)は不要
◯ 直前の除籍謄本は可

14 簡裁訴訟代理権に基づき貸金返還請求訴訟提起をするにあたり、被告の戸籍等の取得を依頼された。
× 戸籍は不要
◯ 被告の住所調査は可

15 簡裁訴訟代理権に基づき貸金返還請求訴訟提起をするにあたり、債務者が死亡したので、訴訟提起前に相続人と交渉してほしい。債務者の相続人の戸籍等の取得を依頼された。


16 地裁事件の書面作成を依頼され、被告の戸籍等の取得を依頼された。
× 被告の戸籍は不要
◯ 続柄を確認・証明するために書証として裁判所に提出するとき ?

17 地裁事件に該当する法律相談を受け、相手方の戸籍等の取得を依頼された。
× 相談受けること自体ができない

18 家裁事件の書面作成を依頼され、相手方の戸籍等の取得を依頼された。
◯ 書類作成上必要であるなら可
(ほぼ添付書面になる)

19 家裁事件に該当する法律相談を受け、相手方の戸籍等の取得を依頼された。
× 相談受けること自体ができない

20 簡裁訴訟代理業務の相談を受け、相手方の戸籍等の取得を依頼された。
◯ 必要であるなら可

21 不動産登記申請手続の相談を受け、相談者から戸籍等の取得を依頼された。
◯ 法3条5号相談権あり

22 不動産登記申請書作成の相談を受け、相談者から戸籍等の取得の依頼を受けた。
◯ 法3条5号相談権あり

23 不動産登記申請添付書面作成の相談を受け、相談者から戸籍等の取得の依頼を受けた。
◯ 法3条5号相談権あり

24 賃貸借契約書作成の相談を受け、戸籍等の取得を依頼された。 × 司法書士業務でない
(行政書士なら可)

25 賃貸借契約書作成の依頼を受け、戸籍等の取得を依頼された。 × 司法書士業務でない
(行政書士なら可)

26 公正証書遺言作成にあたり、公証人に提出する戸籍等の取得を依頼された。
× 公証人が受遺者等の戸籍を間違いがないか確認したいということがあるが、他のもので確認できればよい

27 金融会社から、債権回収のために債務者の住民票の写しの取得を依頼された。
×
◯ 訴訟(簡裁)の依頼あれば可

28 金融会社から、債権回収のために相続が発生しているかの調査を依頼された。
×
◯ 訴訟(簡裁)の依頼あれば可

29 信託銀行から、顧客の遺言書作成のために、法定相続人の調査を依頼された。
× まだ相続が発生していない

30 弁護士から、遺産分割調停申立のための被相続人の相続関係調査を依頼された。
×
◯ 弁護士から調停申立書作成の依頼あれば可


№ 事 例(2号様式) 可否 備 考

31 成年後見人等である司法書士が、被後見人等の相続人の調査を行うこと。
◯ 2号様式

32 成年後見人から、被後見人の相続人調査を行うよう依頼された。 △ 後見人に被後見人の相続人調査する権利・義務あるのか?

33 遺言執行者である司法書士が、法定相続人の調査を行うこと。 ◯ 2号様式
調査行う権利・義務あることが条件

34 遺言執行者である司法書士が、遺言書検認の申立のために法定相続人の調査を行うこと。
◯ 2号様式
遺言書の検認申立=死亡

35 遺言執行者から、法定相続人の戸籍等の取得を依頼された。
☓ 2号様式
◯ 司法書士業務依頼であれば1号様式で可

36 遺言執行者から、受遺者の戸籍等の取得を依頼された。
× 2号様式


賃貸住宅トラブルの解決に向けて

平成23年11月22日(火)
               
賃貸住宅トラブルの解決に向けて

                     司法書士 永田廣次


前提
甲(個人)は、乙(個人)から乙所有のAマンションを居住目的で賃借した。



「賃貸住宅トラブルの発生原因はどこにあるのでしょうか?」
     

昔から、衣食住といわれ、住は生活の基本の柱となる。
民間賃貸住宅は、住宅ストックの約3割を占めており、国民の住生活の安定の確保及び向上促進のために極めて重要である。
これまでの住宅政策が、持ち家政策が重視され、賃貸借の環境については2の次とされてきた。そして、住宅金融公庫が廃止され民間市場が拡大し、公営住宅の縮小も見られた。
民間賃貸住宅を巡っては、従来から様々な問題が発生している。相談内容は、敷金の返還、原状回復、管理業務を巡るものが多い。
法律上は、賃貸住宅トラブルの原因は、特約の効力が最も重要なポイントである。
加えて、近時、家賃債務保証業務に関連して、滞納・明け渡しを巡るトラブルも増加している。
①契約書は賃貸人側で有利に作成する。しかも内容が抽象的であるものが多い。また、特約条項が一般条項に入れられており認識しにくい。
②賃借人は、契約内容をよく理解しないで署名捺印する。
③少額が争いとなる。
④賃借人の泣き寝入り体質がある。
⑤法的解決に時間と費用がかかる。
⑥賃貸人の素人経営と高齢者化と業者任せ。
 ⑦不況による損失の転嫁。
⑧入退時の立会い書面や原状確認。



第1 賃貸借契約の締結


1 「甲の長男が東京の大学に合格しました。甲は、長男のために乙のAマンションを借りるに当たって、保証人をつけるか又は家賃保証会社と契約するよう言われました。何か問題はないでしょうか?」


アパート、マンションなどの賃貸借契約を結ぶ際、一般に、入居者の債務を担保するため、連帯保証人を立てるよう求められる。しかしながら、家族関係の希薄化、自立志向の高まり等により保証人を頼みにくい、あるいは頼みたくないという入居希望者がいる。
このため、従来からの市場慣行である連帯保証人制度に替わるものとして、入居者の家賃債務を一時的に肩代わりすることなどを「家賃債務保証サービス」として提供する家賃債務保証会社の活用が図られるようになってきている。
入居者が一定の保証料を家賃債務保証会社に支払うことにより、入居者が万一家賃を滞納した場合、家賃債務保証会社が入居者に代わって一時的に家賃を立て替えて家主に支払う。なお、入居者は、後日家賃債務保証会社から立て替えた金額を求償される。

しかし、現在、家賃保証債務保証業務を規制する法律等は存在していない。
又、賃貸住宅の管理会社の管理業務についても、これを規制する法律等も存在していない。
そして、家賃保証債務保証会社に限らず、賃貸住宅の管理会社や賃貸人が違法又は不適切な行為を行っている事例も発生している。
具体的には、未明までの支払いの督促を受けた事案や、賃貸住宅の部屋のカギを賃借人に無断で取り替え部屋に入ることができなくなった事案、部屋の中の荷物を勝手に搬出するといった事案が発生している。
さらには、家賃債務保証会社に関しては、経営が破綻し、賃借人や賃貸人に不測の損害をもたらす事例もある。

        
2 「甲は乙のAマンションを借りるに当たって、保険に入るよう仲介業者から言われました。保険に加入しなければならないでしょうか?」


賃借紛争の円満な解決に対応できるよう保険でカバーする仕組みも重要である。
しかし、仲介業者が損害保険の代理店をしている場合も多く、さらに賃貸借契約に保険加入義務があると説明されるケースもある。
賃借人は何の目的で保険に入るかを検討する必要がある。無駄な保険に加入する必要はない。
保険は、事故、賃借人の損害賠償責任に対応するためである。最も多い事故は、賃借人の水漏れ事故である。しかし、賃貸人は、賃借人の事故により物件の一部が滅失毀損した場合の補償のために保険をかけることを希望する。

保険の内容を見てみると
①火災保険
 火災保険には賃借人に加入する義務はない。火災保険は、通常、建物全部について、自己所有者である賃貸人が加入しており、仮に、同一物件で重複している火災保険は、火事になっても重複して保険金が下りない。無駄である。
②借家人賠償保険
 修繕費や賃借人の過失で出火させてしまった場合の家主への賠償金になる。保険金額は1000万円もあれば充分である。
③個人賠償責任保険
賃借人の過失で水漏れや物を落下させて近隣の賠償が必要になった場合の保険である。
④家財保険
火災や盗難で賃借人の家財や貴金属に被害があった場合の保険である。

実際には、②借家人賠償保険に加入すれば事足りるが、保険会社によって商品は種々あり、他の保険とセットになっている場合が多い。
なお、修理費用担保特約(契約に基づいて負担する小修理費用を保険)も組み合わせるとよい。

契約書中で義務づけをしている場合は、保険の加入義務が発生する。
しかし、仲介業者に強制される保険に加入しなくてよい。もし、強制されると、抱き合わせ販売の義務付けによる拘束となり独禁法に抵触する(19条 一般指定10項)。


第2 賃貸借の効力

[修繕義務・必要費]


3 「Aマンションが雨漏りします。また、ベランダの手すりが壊れています。壁のクロスも傷みました。しかし、契約書には、『通常の修理費は賃借人が負担する』と記載されています。甲は家主である乙にこれらの修繕を請求できるでしょうか?」


 原則
 賃貸人には、使用収益させる義務、修繕義務(民606条)がある。
①原状維持・回復(雨漏り 屋根修理)
②通常の使用収益できる状態で保存する行為(排水管)
が、賃貸人の義務である。

 例外
但し、通常の修理費(小修繕)は賃借人が負担する特約は有効である(民法608条は任意規定)。
 特約により、畳の表替え、障子ふすまの張り替え、電球・蛍光灯の取り換え等は、賃貸人の責任が免除される。

 特約の制限
 何処までが特約の範疇(小修繕)か?
 ベランダの修理や壁のクロス、床のカーペットは相当の費用がかかり小修繕でない。
 さらに、建物の基本的な構造に影響する修繕は大修繕で、特約があっても家主が負担するべきものである(判例)。

 しかし、さらに「賃貸人は、何処までも修繕する義務があるか?」
修繕が可能でなければならない。
 修繕が可能かどうかは、物理的技術的ばかりではなく、経済的な観点からも判断するべきで、修繕に新築と変わらないような費用を要するときは経済的に修繕不能となる。

 その結果、使用できない部分が一部であれば、賃借人は賃料減額請求権がある。
 又、建物を賃借した目的が達成できないならば、契約の解除ができる(611条類推)。

 「仮に、賃借人甲が、ベランダを修理したら、法律関係はどうなるか?」
甲は直ちに必要費の償還を請求できる(608条)。翌月の家賃と相殺できる。必要費の償還請求権は10年の消滅時効にかかる。
又、契約が終了してから1年を経過すると請求できなくなる(621条・600条)。


[有益費償還請求権]

4 「甲は、クロスの張り替えを行いました。契約書には、有益費は借家人の負担とするとの特約があります。甲は乙に、クロスの張り替え費用を請求できますか?」


まずクロス張り替えが有益費に該当するかが問題である。
有益行為というためには、目的物を通常利用する上で価値が客観的に増加したと評価されることが必要である。又、建物に符合することも要件である。
賃借人の趣味でクロスを張り替えることはあたらない。
 
 造作も有益行為も経済的には賃借人の投下資本の回収という点で共通問題があるが、有益費償還請求権放棄の特約は有効であるとするのが判例の立場である。


[造作買取請求権]

5 「甲は、今から4年前に乙からAマンションを賃借し、乙の許可を得て当時3万円をかけて吊り戸棚を設置しました。今回契約を終了するに当たり、この吊り戸棚の買い取りを請求できますか?」


借地借家法33条(旧借家法5条)は、借家契約終了時に、借家人が家主の同意を得て建物に付加した造作を、時価で買い取ることを請求できると規定する。

造作とされるには、賃借人の所有に属し、建物から取り外したら役にたたなくなるもので、客観的に役立つものをいう。
例) 畳、建具、雨戸、吊戸棚、クーラー、システムキッチン

しかし、平成4年8月施行の借地借家法3条、37条は、特約により造作買取請求権を放棄することができるようにした。
施行前の特約は効力がないが、施行後に改めて特約を結べば有効である。
 

[賃料減額請求権]

6 「甲は、今から10年前に乙からAマンションを月5万円で借りました。その間、家賃は、値上げもありませんでしたが、近時甲の生活も苦しいので、家賃の値下げをお願いしようと思います。値下げ請求はできるのでしょうか?」


一定の事情変更があれば、賃借人は、家賃の減額請求権が認められる(借地借家法32条)。
①土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減
②土地若しくは建物の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動
③近傍同種の建物の借賃に比較して不相当となった

②の文言は新法によって新たに加えられた。
その他の経済事情の変動とは、物価や国民所得や労働者の平均賃金の変動をいう。

不減額特約(一定期間賃料を減額しない特約)は無効である。


 「家賃の減額手続きはどのようなものですか?」

減額請求(3万円)を相手方に伝えたときから減額の効力が生ずる。
家主と話し合いがまとまらなければ、新法により調停前置主義となった。

協議が整わなければ、家主は、相当と認める額(4万円)の賃料を請求できる。
減額を正当とする調停や裁判が確定した時において、借家人がすでに支払った額(4万円)が正当とされた額(3万5千円)を超えるときは、建物賃貸人は、その超過額(5千円)に年1割による受領時から利息を付して返還しなければならない。


第3 敷金返還義務および原状回復義務

[クロスの交換特約・畳の表替え特約・ハウスクリーニング特約等と賃借人の費用負担]

7 「甲は、2年前にAマンションを家賃5万円、敷金3ケ月分で入居しました。
今回引っ越すことになったので、契約書を改めてみると、クロスの交換特約・畳の表替え特約・ハウスクリーニング特約がありました。このような特約は有効で、敷金から控除されてもしかたないでしょうか?」



賃借人は原状回復義務を負う。しかし、原状回復義務とは、賃借物を返還する際には、賃借人が設置したものを取り除いて返還するということであり、新品にして返す必要はない。契約時の原状に復旧することでもない。
但し、賃借人の善管注意義務違反または許される通常の使用を超える使用によって毀損・汚損が発生した場合は、その修繕費用は、賃借人の負担と考えられる。
敷金からは、賃借人の一切の債務が控除される。しかし、特約があった場合でも文言どおり敷金から控除されるとは限らない。
通常の使用によって必然的に伴う損耗、汚損等、時間の経過によって生じる自然的な劣化、損傷については、特約があっても原則敷金から控除できない。

①自然損耗はこの意味での損傷に当たらないので、返還時の状態で返還すればよい。クロスの「自然色落ち」や冷蔵庫設置場所の「電気ヤケ跡」は賃借人として許される通常の使用によって生じる損耗なので、特約があっても控除できない。
通常損傷分の原状回復費用は、減価償却費として一般的に賃料に含まれている。
②畳の表替特約は、小修繕を賃借人負担で行う特約である。
しかし、通常の使用方法による自然損傷は、賃貸人の負担であり、特約に合理的理由があり特約内容を充分に認識している場合に例外として許される。
それゆえ、入居後短期間で退去する場合や、賃借人が自分で畳入れ替えを行って間もない時期に退去した場合も、敷金から控除できない。
③ハウスクリーニングは、室内を清掃消毒し、入居前の状態に近い状態に回復する作業をいう。トイレの黄バミや風呂場台所の消毒清掃等特殊な洗浄剤や技術を要し一般的には困難である。
これは、次の賃借人を確保するためという側面が強く、賃貸人側の事情により行うもので、賃貸人が負担するべきである。
④カーペットを煙草で焦がしたとか子供のマジック悪戯等は、賃借人の原状回復義務があり違反すれば損害賠償の対象となる。
しかしその範囲は、広範囲に行う必要はない。カーペットの場合は当該居室、クロスの場合は当該壁面一面の張り替え工事が補修範囲である。


[敷金の当然控除特約(敷引特約)]

8 「このたびAマンションを出ることにしました。敷金をいくら返していただけるか大家の乙に聞いてみると、敷引き特約により2割は当然控除し返すと言われました。しかたないでしょうか?」


敷引特約とは、賃貸借建物の明渡しの際、当然に敷金の何割(何月分)かを控除しその残余を返還する旨の特約をいう。償却特約とも没収特約ともいう。しかし、各地域における慣行に著しい差異がある。
敷引き特約は2つの意味がある。
①通常の損傷に関する原状回復費用は、本来貸主が負担するべきだが、これを借主の負担とするという趣旨
②原状回復費用は、契約終了時に具体的に計算されるべきであるが敷き引き特約で低額化を図るという趣旨

平成23年3月24日最高裁判決
平成23年7月12日最高裁判決
「賃貸人が契約の条件の一つとしていわゆる敷引特約を定め、賃借人がこれを明確に認識した上で賃貸借契約の締結に至ったのであれば、それは賃貸人、賃借人双方の経済的合理性を有する行為と評価すべきものであるから、消費者契約である居住用建物の賃貸借建物の賃貸借契約に付された敷引特約は、敷引金の額が賃料の額等に照らし高額すぎるなどの事情があれば格別、そうでない限り、これが信義則に反して消費者である賃借人の利益を一方的に害するものということはできない。」


第4 更新料

[法定更新と更新料]

9 「甲は、Aマンションを期間2年の約束で借りました。特に更新の合意をしないでいたところ、先日乙から更新料を支払うよう請求が来ました。支払わなければならないでしょうか?」


平成23年7月15日最高裁判決
「更新料が、一般に賃料の補充ないし前払、賃貸借契約を継続するための対価等の趣旨を含む複合的な性質を有する。
賃貸借契約書に一義的かつ具体的に記載された更新料条項は、更新料の額が賃料の額、賃貸借契約が更新される期間等に照らし高額すぎるなどの特段の事情がない限り、」無効とすることはできない。

特約は有効である。しかし、各地域における慣行に著しい差異がある。

更新料を支払わない場合でも、信頼関係の破壊にならなければ解除されない。

 
第5 特殊な理由による解約

10 「次にような特約による解除は有効でしょうか?
①「入居者、同居人及び関係者で精神障害者、又はそれに類似する行為が発生し、他の入居者または関係者に対して財産的、精神的迷惑をかけた時」
②「外国人で隣人とのコミュニケーションがとれる程度の日常会話ができない場合」
③「賃借人は、爬虫類、犬、猫等の動物を飼育した場合」


人権無視とか公序良俗に反する契約条項は無効である。

③のペット飼育禁止特約は、共同生活の安全衛生、秩序維持などの理由から、一般に有効である。
しかし、特約に違反しても直ちに契約が解除とはならない。違反により、近隣居住者・家主等に迷惑をかけてばかりいるなど、家主との信頼関係が破壊されたといえなければ解除できない。

特約なくとも、借主には、糞尿の後始末をおこなうなど近隣の人の平穏を侵害しないよう飼育する義務がある。このルールを守らず程度が信頼関係を破壊するほどであれば、特約なくとも契約解除できる。


第6 保証人の法律関係

11 「甲は、乙とAマンションにつき、5年ほど前に契約期間2年の賃貸借契約を締結しました。その際、丙が甲の保証人となりました。
先日、乙から丙に対し、『甲が賃料を6ケ月分滞納したので契約を解除した。そこで、滞納家賃及び明渡しまでの損害金を支払っていただきたい。さらに建物も明け渡してほしい。』と言われました。
丙は応じなければならないでしょうか?」


民法447条1項により、賃貸借契約における賃借人の保証人も滞納家賃及び明渡しまでの損害金も支払い義務を負う。

賃貸借契約が更新された場合の保証人の責任は問題がある。民法619条2項本文は、更新前の賃貸借について当事者が供与していた担保は期間の満了によって消滅すると規定する。
しかし、平成9年11月13日付最高裁判決は、借地借家法が適用される場合は、正当事由がない限り賃貸人は更新を拒絶できないため、賃借人が望む限り、更新により賃貸借関係が継続するのが通常であるから、更新後の賃貸借から生ずる債務についても保証の責めを負う趣旨で保証契約をしたと解した。

建物明け渡し債務は、一身専属的債務であり、保証人が代わって行うことはできず、保証人は建物明け渡し義務まで負わない。

12 「丙は、今後保証人を止めたいのですが、保証契約を解除できるでしょうか?」


原則として、保証人が一方的に解除することはできない。
しかし、期間が相当経過し、賃借人がしばしば賃料の支払いを怠り、賃貸人も賃貸借の解除や明け渡しを求めない場合は解除できる場合もある。
その際、甲と丙との間柄、情義的関係や利益関係も斟酌される。


第7 賃借人が破産した場合の対処法

13 「甲は生活苦のため破産することになりました。甲はこれまでどおりAマンションに住むことができるでしょうか?」


管財事件の場合、賃借人地位は、破産管財人の管理下に置かれます。破産法上は破産管財人の判断によって賃貸借契約を解除することができます(破産法53条)。しかし、賃借人は、建物の引き渡しを受け居住している。これは、賃借権を第三者に対抗できる場合にあたる。個人破産の場合、破産後も破産者の生活があるので、解除されると生活が立ち行かなくなることが明白である。破産管財人は、解除できない(破産法56条)。賃借人は、賃貸人に直接賃料を支払い居住できる。
同時廃止事件では、破産開始決定後も、引き続き賃借人の地位に基づき居住できる。
なお、従前民法621条は、賃借人が破産した場合、管財人のみならず賃貸人にも解約申し入れ権を認めていましたが改正により削除されました。


14 「賃貸借契約書に、『「賃借人が破産した時は、賃貸人は本契約を解除できる。』との特約があった場合は、解除が有効でしょうか?」


かかる特約条項があったとしても賃貸人と賃借人との間の信頼関係を破壊するような特段の事由がない限り、解約することはできない。

賃貸人が破産した賃借人に漠然とした不安を抱いたとしても、それのみで解約を認めては、借地借家法が賃借人保護しようとした趣旨に反するばかりか、自己破産により立ち直ろうとした賃借人の経済的更生を妨げることになってしまう。


第8 賃貸住宅トラブル解決の課題

15 「賃貸住宅トラブルの未然防止や紛争の円満な解決には、どのような課題があるのでしょうか?」


国土交通省の賃貸住宅標準契約書の見直し
高齢者入居者に対する成年後見制度等の利用
原状回復やガイドラインのルールの整備
原状回復等に関する保険や保証人の検討
家賃債務保証業務等の適正化
裁判外紛争解決制度(ADR)の活用の促進
転居先の確保と支援

本人確認と意思確認

○○○会業務研修会

「本人確認と意思確認」

                         司法書士 永田廣次
                    
はじめに

犯罪による収益の移転防止に関する法律が平成20年3月1日から施行されている。この法律は、宅地建物の売買に関する手続き等特定業務につき本人確認が義務づけられた。

さらに福井県司法書士会は、司法書士に対し、法律より広く相談を除く業務全般につき本人確認と意思確認を義務づけた。



第1 本人確認と意思確認

1 定義

  本人確認とは、司法書士が、業務を行なうに際して、依頼者及びその代理人等の公的証明等により本人特定事項を確認して「本人の実在性」と「書類との同一性」の確認をすること並びに依頼者が依頼された事務の「適格な当事者」であることの確認をすることをいう。
  
  意思確認とは、依頼内容意思の確認と司法書士への委任意思を確認することをいう。「意思能力」・「事実聴取」・「手続き選択」・「手続き依頼の意思」を確認する。


 2 要点

「本人確認・意思確認の対象者」

個人の場合
・本人確認の対象者は、顧客等をいう。依頼者及びその代理人等

・意思確認の対象者は、依頼者又はその代理人等

法人の場合
・本人確認の対象者は、法人及び代表者若しくは担当者等

・意思確認の対象者は、法人の代表者又はその担当者等


「本人確認の方法」
施行規則に記載されてある。

個人の場合
 ア 面談し本人確認書類の提示を受ける
 イ 本人確認書類受領後転送不要扱いの書留郵便等により文書送付

法人の場合
 ア 法人の代表者と面談し登記事項証明書又は印鑑証明書の提示を受ける
   又は、担当者と面談し、法人の登記事項証明書又は印鑑証明書の提示を受け、さらに担当者個人の本人確認書類の提示を受ける
 イ 法人へ転送不要扱いの書留郵便等により文書送付

 
「意思確認の方法」

個人の場合
   ア 面談  
   イ 電話

法人の場合
   ア 代表者との面談  
   イ 代表者への電話
   ウ 代表権限を有しない代理人等の場合は代表者が作成した依頼の内容及び意思を証する書面が必要(委任状)


「確認書類」
   個人の確認書類
   (1)写真つきの有効なもの
       運転免許証
       パスポート 

   (2)写真つきでない公的証明書
(有効又は期限のないものは発行後3ケ月以内)
国民健康保険証
       国民年金手帳
       後期高齢者医療保険証
       住民票
       印鑑証明書


「本人確認等の記録」

 依頼者・代理人等の氏名、住所、生年月日
    依頼内容
    確認方法 等
    特定業務の場合は、取引又は特定受任行為の代理等に係る財産の価格


「保存義務」
事実の証拠保全
当事者間の無用な争い防止

10年(犯罪収益移転防止法は7年)
退会後は保存義務がなくなるが、守秘義務は残る


「受託拒否」

本人確認並びに意思確認できなければ、受託拒否できる旨の規程が存す   




3 事例

Q1 「宅地取引決済に際して、本人確認・意思確認は売主とともに買主についても必要ですか? その際、何を持参していただけばいいでしょうか?」

買主についても、本人確認・意思確認が必要です。
住民票、認印の他本人確認書類が必要です。
本人確認書類としては、免許証の提示を求められています。
その際、免許証のコピーをそれぞれいただきます。本来原本の提示で よいのですが、運転免許証の内容を記録するには時間がかかり又誤りが生ずるので、免許証のコピーをいただきます。

決済当日仕事が忙しいため出頭できない場合は、事前に司法書士が本 人確認・意思確認することでもよいです。


Q2 「妻が、依頼者である夫所有の宅地売買決済に出頭しました。決済できるでしょうか?」

    できるばあいと出来ない場合があります。

 本人確認は、夫と妻に必要です。
夫の本人確認をどのようにするかですが、一般的には、事前に司法書 士が夫と面談し免許証原本の提示とそのコピーをいただいておくのが通常の方法です。
又、例外として、夫については、あらかじめ父の免許証のコピーをい  ただき、その住所へ転送不要扱いの書留郵便により委任状を送付しておき、この委任状を決済当日妻から収得する方法もあります。
免許証の住所が実際居住しているところと異なれば、郵便配達されま せんから決済できません。

意思確認は、夫又は妻 但し、依頼者である夫の意思を疑うに足りる 事情があるときは夫の意思確認をしなければならない。
  

ただし、司法書士としての職責上から言えば、依頼の内容及び意思確 認も必要であり、妻が夫の代理人として日常家事債務でない不動産取引について登記手続きを代行することは特別授権が必要です。司法書士は、夫から妻への特別授権を認定できないので、夫と面談し夫の意思確認をすることが原則です。最低限夫に電話をかけ意思を確認することが必要です。

これらができないときは、決済できません。

同例
長男が、依頼者である老齢の父所有の宅地売買決済に出頭した
 本人確認は、父と長男
 意思確認は、父又は長男(代理制度の尊重) 但し、依頼者である父  の意思を疑うに足りる事情があるときは父の意思確認をしなければならない。


Q3 「売主さんは、高齢のため免許証を持っていません。何を決済の場に持参すればよいでしょうか?」

    権利証、印鑑証明書、実印、本人確認書類
本人確認書類としては、写真付の公的証明書が理想です。パスポートがあればよいですが、写真付以外のものでは、官公庁の発行する公的証明書、例えば国民健康保険証、国民年金手帳、住民票等を持参してください。但し、規程基準第5条コメントでは、2点必要とのコメントがある。

(会則規程基準第5条(3)では、実印押捺の委任状と印鑑証明書で  もよいと記載してあるが・・・・・)


Q4 「株式会社の代表取締役がほとんど会社にでてきません。実務は、担当者が行なっています。この場合、司法書士は代表取締役も確認しなければなりませんか?」

法人の場合、代表者等とは、代表者のことではなく、実際に特定業務  に依頼の任にあたっている自然人を指します。それゆえ、例えば営業の担当者を確認すれば足り、代表取締役自身の確認は必要ありません。


Q5 「売買による宅地又は建物の所有権移転登記手続きの受任で、買主の地位の譲渡、第三者のためにする契約等中間の債権契約当事者(乙)が所有権を取得することなく登記名義人(甲)から直接最終取得者(丙)に所有権が移転する契約に基づいて行なわれる場合の顧客等とは誰になりますか?」

法律上本人確認の対象者(顧客等)は、甲及び丙です。この場合、中間者乙は契約当事者であり登記義務者に準じて考えるべき者ではあるものの、登記義務者そのものではありません。

しかし、司法書士会会則等では、依頼者又は代理人等の意思確認等を 司法書士に義務付けています。
意思確認とは、依頼内容意思の確認と司法書士への委任意思を確認す ることをいいます。手続き選択・手続き依頼の意思を確認します。

具体的には
① 契約内容確認について
第1契約及び第2契約ともにその契約書の提示を受け内容を調査・確認
特約、第三者のためにする契約条項の要件充足がなされているかを確 認する。
② 登記原因証明情報の作成
「第2契約に先行して第1契約の決済を行なう場合」
(転売先が決まっておらず、とりあえず買っておく場合)
この場合は、登記原因証明情報複数作成(指定書含む)
 「第1契約と第2契約の決済を同時に行う場合」
    登記原因証明情報は1通でも足りる
③ 売主、買主、第三者に対する説明・助言
④ 司法書士報酬
 第1契約の決済立会いと第2契約の決済立会いの双方の司法書士報酬が発生する

中間者の本人確認 宅建業者の商業登記簿謄本(個人の場合の免許証)



第2 成年後見制度における本人確認と意思確認

 1 意義

本人確認できても、意思確認が出来なければならない。
意思能力のない法律行為は無効
   (能力は契約時から必要である。登記時だけでは足りない)

具体例
  ・ 父所有不動産であるが父は意思能力ない。周りの人や相続人が父の印鑑を使用して売買契約し、父の預金にしたい。

 ・ 共有者他の人は売買賛成。ところが共有者の一人である父が意思能力ない。 

売買契約はできない。勿論登記もできない。


2 成年後見制度の種類

法定後見制度
    成年後見類型
    保佐類型
    補助類型
任意後見制度
任意代理


 3 法定後見制度の申立等

申立は本人の同意不用 4親等以内の親族申立
医師の診断書を添付

家庭裁判所は、本人の能力につき原則鑑定する

成年後見人等には推薦人がなることが多い

   成年後見人等に選任されると登記される(後見登記ファイル)

成年後見人に選任されると、本人の財産処分権限が与えられる
   保佐人には、法律上同意権が、補助人にも不動産処分の特別代理権が申立又は本人の同意により与えられる
   
但し、居住用不動産の処分には、家裁の許可が必要

成年後見人等が本人の財産を処分してもそのお金は本人のお金である
本人が亡くなれば、相続問題となる


Q6 「成年後見人が被後見人の宅地を売買する場合、本人確認は必要か?」

犯罪収益移転防止法では、成年後見人がその職務として行う財産の管理 処分は特定業務から除外されている。
令9条第4号
(成年後見人、その他法律の規定により、人のために当該人の財産の管 理又は処分を行なうものとして、裁判所又は主務官庁により選任されるものがその職務として行う当該人の財産の管理又は処分)

これは、成年後見人自身が職務として行なう行為が特定業務に当たらない ことを意味します。
それゆえ、成年後見人は、その財産の処分の相手方の本人確認は要せず、  また記録の作成も必要ありません。


Q7 「成年後見人乙が、被成年後見人・本人丙の宅地を売買しその登記手続きを司法書士甲に委任する場合、司法書士甲は、どのような本人確認を行なうのでしょうか?」

司法書士甲が成年後見人乙から、乙の成年後見人の職務として本人丙の 宅地の売買に伴う所有権移転登記手続きを受けることは、司法書士の特定業務に該当するため、司法書士甲は、代表者としてのその成年後見人乙と顧客としての本人丙の本人確認を行なわなければなりません。

(同じように、司法書士が、未成年者所有の宅地売買登記を行う場合、司  法書士は、未成年者と親権者の両者の本人確認を行わなければなりません。)

Q8 「成年後見登記事項証明書は、本人確認書類に該当しますか?」

成年後見登記事項証明書は、成年被後見人の本人確認書類に該当します。
しかし、成年後見人の生年月日の記載はないため、成年後見人の本人確 認書類にはなりません。成年後見人の運転免許証等が必要です。


Q9 「不動産売却代理権を有する保佐人が、被保佐人本人の宅地を売買することは、特定業務でしょか?」

特定業務に該当しません。


Q10 「不動産売却代理権を有する保佐人が、被保佐人本人の宅地を売買し、司法書士が登記手続きを保佐人から依頼を受ける際、誰を確認すればよいでしょうか?」

被保佐人が顧客で、その保佐人が代表者等にあたりますので、被保佐人 と保佐人の両者の本人確認、及び保佐人の意思確認を行なわなければなりません。


Q11 「司法書士が、保佐人の同意を要する宅地の売買の登記手続きを被保佐人から依頼を受ける際に、保佐人の本人確認も必要ですか?」

保佐人は当事者ではなく、顧客に該当しませんから、保佐人の確認は不 要です。ただし、保佐人の権限や本人の意思能力等十分注意を払うべき案件でしょう。


Q12 「本人(委任者)が任意代理人(受任者)に本人所有の不動産売却代理権を与えこれが公正証書で作成された(任意代理契約)。司法書士は、本人確認、意思確認につきどのようにすればよいでしょうか?」

任意代理契約における委任者が顧客で、その任意代理人が代表者等にあ たりますので、任意代理契約の委任者と任意代理人の両者の本人確認、及び任意代理人の意思確認を行なわなければなりません。


Q13 「司法書士が、任意後見契約の本人所有の宅地の売買に関する所有権移転登記の申請をその任意後見人から委任を受ける際は、誰を本人確認するのでしょうか?」

任意後見契約における委任者が顧客で、その任意後見人が代表者等にあ たりますので、任意後見契約の委任者と任意後見人の両者の本人確認、及び任意後見人の意思確認を行わなければなりません。