本人確認・意思確認
平成25年3月6日午後2時50分~4時30分
○○会業務研修会
「本人確認と意思確認」
司法書士 永田廣次
問題
「宅地建物取引業の佐藤さんは、昔から付き合いのある田中一郎さんから、次のような依頼を受けました。
福井市順化2丁目の土地を仲介人として売却してほしい。
この土地は、亡父田中正さんと母田中春代さん及び田中一郎さんの3人共有ですが、亡父田中正は3年前に死亡しました。しかし、未だ相続登記はできていません。母田中春代さんは、5年ほど前までこの土地の上に住宅を建てて住んでいましたが、現在建物も解体し、施設に入居しています。田中一郎さんが施設に行っても、母田中春代さんは、長男の田中一郎さんが来たことはどうにかわかりますが、自分の歳も言えません。また、3人共有の権利証は見当たりませんし、買主の予定である鈴木二郎さんは、仕事が忙しく決済に出れないようです。どのような手続きを踏んだらいいでしょうか?」
第1 成年後見制度
この問題はまず成年後見制度の理解が必要です。
福井県内には約4万人の成年後見対象者がおられます。
平成12年以降1700件の申立てがあった。
Q1 「亡田中正さんの相続登記が終了していません。相続人である母田中春代さんは、判断能力がないようです。どのように相続登記を行ったらよいでしょうか?」
1 意思能力のない法律行為は無効である。本件では遺言書がないとして、通常の遺産分割協議を行うとする。
亡田中正さんの法定相続人は、春代さんと正さんです。相続人である母田中春代さんが遺産分割協議に関わるには、成年後見制度を利用しなければならない。
2 成年後見制度の種類
法定後見制度
成年後見類型
保佐類型
補助類型
任意後見制度
3 申立等
4親等以内の親族に申立権がある。申立は本人の同意不用。
医師の診断書を添付
家庭裁判所は、本人の能力につき原則鑑定する
成年後見人には候補者が選任されることが多い
審判は、家族間に問題なければ早いと約1ヶ月で行われる。
家族間で争いがあると第3者後見(弁護士・司法書士・社会福祉士等)となる。
成年後見人等に選任されると登記される。
登記事項証明書は、審判が確定するのに2週間、その後裁判所の嘱託登記が行われさらに約2週間要します。
成年後見人に選任されると、本人の財産処分権限が与えられる
成年後見人等が本人の財産を処分してもそのお金は本人のお金です。
本人のお金を後見人が自分のために使えば横領
本人が亡くなれば、相続問題
司法書士による後見人の申立て費用は通常10万円ぐらいであろう。
但し、鑑定費用は別途6万ほどかかる。
被後見人田中春代さんに後見人田中一郎(長男)さんが選任されました。
4 遺産分割協議と特別代理人
母田中春代さんの後見人に、第3者の例えば司法書士が選任されれば問題ない。司法書士と、田中一郎さんが遺産分割協議すれば足りる。
しかし、通常、親族・長男である田中一郎さんが母田中春代さんの後見人に選任される。そうすると、遺産分割協議において、田中一郎さんは自分の相続人としての立場と母田中春代さんの成年後見人としての立場とで利害が反することになり、いわゆる特別利害関係人として遺産分割協議に関われない。その場合家庭裁判所に、遺産分割協議のための田中春代さんの特別代理人を選任する手続きが必要となる。
特別代理人は、利害のない親族でもよく、通常候補者を特別代理人選任申立書に記載する。
但し、事前に候補者の承諾を得ておく必要がある。
特別代理人選任申立書には、遺産分割協議の案を添付する。その中味において被後見人である田中春代さんの持分をゼロにするのは難しい。相続分に見合う代わりの預金を与えるつまり代償分割協議をすることが必要である。
司法書士による特別代理人選任申立ては、通常3万円ほどである。
遺産分割協議が整い、相続登記が完了し、亡父田中正持分は、田中一郎さんが相続取得しました。
5 居住用不動産売却と家庭裁判所の許可
民法859条の3は「成年後見人は、被後見人に代わって、その居住用に供する建物又はその敷地について、売却、賃貸、賃貸借の解除又は抵当権の設定その他これらに準ずる処分をするには家庭裁判所の許可を得なければならない。」と定めている。
これは本人の身上監護に影響するから許可とした。
この許可を得ないでした後見人の処分行為は無効となる。
居住用不動産とは、
① 本人が生活の本拠として現に居住している建物またはその敷地
② 現在本人は居住していないが、過去に本人が生活の本拠とした実態 のある建物またはその敷地
③ 将来本人の居住用として利用する予定のある建物・敷地
そして、本人の居住の有無は、本人の生活の実態を考慮(事実上長く居住していた)を考慮に入れ実体的に判断する。
本人が施設に入居し、住民票を移転していても、その建物・土地に住みたい意思や願望を持っていれば居住用に該当する。
手続きには、約2週間を要する。
居住用不動産売却許可の審判が得られました。
6 本人確認情報
本件では、3人名義の権利証がない。権利証のない事例は、共有名義、家庭内不和の場合が多い。
亡田中正名義は今回の相続登記により、田中一郎への田中正持分全部移転登記完了による登記識別情報がある。
田中春代持分と田中一郎持分につき、司法書士が本人確認情報を作成する。その中味は、なぜ権利証がないのか、この不動産取得時の経過、現在の様子等、取得時の売買契約書や固定資産評価証明書、運転免許証等本人確認のための書面等を基に本人に面談して作成する。
その際、写真付きでない公的証明書は、2通必要です。
時間と費用がかかります。
第2 本人確認と意思確認
ようやく決済の準備が整いました。
1 定義(司法書士用)
本人確認とは、司法書士が、業務を行なうに際して、依頼者及びその代理人等の公的証明等により本人特定事項を確認して本人の実在性と書類との同一性の確認をすること並びに依頼者が依頼された事務の適格な当事者であることの確認をすることをいいます。
仮名取引やなりすまし取引の防止に資する
意思確認とは、依頼内容意思の確認と司法書士への委任意思を確認することをいいます。意思能力・事実聴取・手続き選択・手続き依頼の意思を確認します。(犯罪収益移転防止法にはない)
本人確認、意思確認により、紛争予防(法律的有効性の確保)と委任契約が成立する。
本件では買主の鈴木二郎さんが仕事が忙しく、決済に出て来れない。
代わりに、鈴木二郎さんの妻が決済に来るという。司法書士はどうするか。
Q1 「宅地取引決済に際して、本人確認・意思確認は売主とともに買主についても必要ですか? その際、何を持参していただけばいいでしょうか?」
買主についても、本人確認・意思確認が必要です。
住民票、認印の他本人確認書類が必要です。
本人確認書類としては、有効期限内の公的証明書、例えば、運転免許証、住民基本台帳カード、パスポート等の提示を求められています。平成25年4月1日から犯罪収益移転防止法の改正により、運転経歴証明書、在留カードや特別永住者証明書も規定されました。
その際、免許証のコピーをいただきます。本来原本の提示でよいのです が、運転免許証の内容を記録するには時間がかかり又誤りが生ずるので、免許証のコピーをいただきます。ご協力ください。
決済当日仕事が忙しいため出頭できない場合は、事前に司法書士が本人 確認・意思確認することでもよいです。
Q2 「妻が、依頼者である夫所有の宅地売買決済に出頭しました。決済できるでしょうか?」
できる場合と出来ない場合があります。
本人確認は、夫と妻に必要です。
夫の本人確認をどのようにするかですが、一般的には、事前に司法書 士が夫と面談し免許証原本の提示とそのコピーをいただいておくのが通常の方法です。
又、例外として、夫については、あらかじめ夫の免許証のコピーをい ただき、その住所へ転送不要扱いの書留郵便により委任状を送付しておき、この委任状(実印押捺)と印鑑証明書を決済当日妻から収得する方法もあります。
この例外の場合、免許証の住所が実際居住しているところと異なれば、 郵便配達されませんから決済できません。
意思確認は、妻又は夫と妻。依頼者である夫の意思を疑うに足りる事情があるときは夫の意思確認をしなければならない。
司法書士としての職責上から言えば、依頼の内容及び意思確認も必要 であり、妻が夫の代理人として日常家事債務でない不動産取引について登記手続きを代行することは特別授権が必要です。司法書士は、夫から妻への特別授権を認定できないので、夫と面談し夫の意思確認をすることが原則です。最低限夫に電話をかけ意思を確認することが必要です。そして、妻が夫のために取引の任にあたっていると認めた理由を記録しなければなりません。
これらができないときは、決済できません。
Q3 「売主さんは、高齢のため免許証を持っていません。何を決済の場に持参すればよいでしょうか?」
権利証、印鑑証明書、実印、本人確認書類
本人確認書類としては、写真付の公的証明書が理想です。パスポートが あればよいですが、なければ住民基本台帳カードを市町の窓口であらためてつくられるのもいいです。
写真付以外のものでは、官公庁の発行する公的証明書、例えば国民後期高齢者医療保険証、介護保険証、国民年金手帳等を持参してください。但し、いずれか2点以上を持参していただくとありがたいです。
第3 必要書類
本件において、関係者は何を用意すればよいのでしょうか?
1 成年後見申立
① 申立人の戸籍謄本
申立て人の運転免許証
② 本人の戸籍謄本
本人の住民票or戸籍の附票
本人の登記事項証明書(登記されていないことの証明書)
診断書と診断書の附票
(愛護手帳(判定1・2)療育手帳(判定A)の交付があればそのコピーの提出で足りる。)
不動産全部事項証明書
預貯金通帳のコピー(証書・保険証書)
負債資料のコピー
本人の収支についての資料
③ 成年後見人候補者の本籍記載ある住民票or戸籍の附票
成年後見候補者の身分証明書
2 特別代理人申立
申立人(後見人)の戸籍謄本(提出済みの戸籍謄本と変更なければ不要)
被後見人の戸籍謄本(提出済みの戸籍謄本と変更なければ不要)
特別代理人候補者戸籍謄本
特別代理人候補者住民票
(特別代理人候補者の承諾書・後見登記がないことの証明・身分証明書)
被相続人の除籍謄本
遺産分割協議案
不動産登記事項証明書
3 相続登記
遺産分割協議書
後見人登記事項証明書
特別代理人選任審判書
被相続人の15歳ぐらいからの除籍謄本
各相続人の戸籍抄本
各相続人の本籍記載ある住民票
各相続人の印鑑証明書
相続登記申請人の運転免許証
4 居住用不動産処分許可申立
申立人(後見人)の住民票(本籍記載)(提出済みの書面と変更なければ不要)
本人の住民票(本籍記載)(提出済みの書面と変更なければ不要)
処分する不動産の登記事項証明書
売買契約書
路線価図
評価証明書
固定資産税・都市計画税 納税通知書
5 売買移転登記(決済)
① 売主田中一郎の必要書面
田中一郎名義の相続による登記識別情報
田中一郎の本人確認情報
(田中一郎の運転免許証(有効期限内)、本物件の課税証明書、本物件の売買契約書)
田中一郎の印鑑証明書(発行後3ケ月以内)
田中一郎の実印
② 売主田中春代の必要書類
田中春代の本人確認情報(田中一郎の運転免許証、課税証明書、従前売買契約書等)
田中春代の成年後見登記事項証明書
田中一郎の成年後見登記事項証明書
田中一郎の運転免許証
田中一郎の印鑑証明書
居住用不動産売却許可書
③ その他(売主)
田中春代の住所移転があれば、前住所記載のある住民票
売買契約書と領収書
登記原因証明書や委任状は司法委書士が持参する。
④ 買主の必要書面
鈴木二郎の住民票
鈴木二郎の運転免許証
鈴木二郎の妻の運転免許証
鈴木二郎の認め印